2009年3月 2日 (月)

つくしんぼう

近所を歩いていましたら

ふと呼ばれたような気がしました。

するとその場所には

地面からにょき、と一センチほど

小さなつくしが顔をだしておりました。

泥だらけで、はじめは何かわからずに

じっと近くによって目をこらしてみて

はじめてつくしだとわかりました。

いつもはすっきりとした姿しか、それさえも見逃してしまう年も多いもの。

はじまりを見ることができるなんてラッキー!幸せです。

考えてみると当たり前なんですが

雨が多かったせいもあるでしょうけれど

はじめは泥だらけのつくしんぼうなんですね。

お日様をあびて露や雨を浴びて。

だんだんときれいにすっとのびていくのでしょう。

自分もそういう風でありたいなあ。

小さな頃は夢中になってぎっしりと手につくしんぼうを摘んで

家に帰りました。

今の子どもたちもつくしんぼうは大好きみたいですね。

僕たちしか知らないひみつのつくしんぼう畑があるんだ、

なんていっているのを小耳にはさみましたから。

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2009年2月22日 (日)

にっこり水仙

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ある朝。

先日の雨にうたれた水仙は
恵みをうけて
からだは潤っているようでしたが
みな水滴の重みをうけて
頭を地面にむけていました。

12月頃から咲き続けてきた
水仙ももうそろそろ
終わりに近づいているのだなあと
さびしさを感じながら

家のそばの1つの水仙を
写真を映しました。

画面に写った水仙の花を
ふとみてみると
なんだか
にっこりとしている顔のように
見えます。

目の錯覚かな、と思いますが

可愛くて
何度も何度も
見てしまう。

そんな写真を今日は
みなさまにおすそわけ。

見えますか?

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2009年2月20日 (金)

二月尽

早いもので
2月も後半になってしまいました。

我家の沈丁花は
ふっくらとしたつぼみをつけています。

今日は雨。

この季節、
乾ききった地面に
雨水がすいこまれていくのをみると
植物たちがよろこびそうだな、という思いと
このあと勢いよく
のびてくる草たちの姿が思い浮かびます。

雑草たちが生えてくるのは
大変のようなうれしいような
複雑な気持ち。

雑草の新芽は
あまりにも華奢で愛らしく
つい、ひきぬきそこねてしまうのですが
その後、大きく繁ってしまい
草むしりに苦心するのは目にみえていること。
あの日、ぬいておけばよかったのにと
思うのは毎年のこと。

「二月尽」は季語。

その名のとおり、二月が尽きること。
忙しくしているうちに二月は過ぎてゆくという
もろもろの思いと
三月がもうすぐやってくる、という喜び。
この二つが「二月尽」という言葉には
こめられています。

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2009年2月15日 (日)

菜の花

1_2009021421560000

菜の花を食べようと
ざるにならべておいたら
花が開いてしまいました。

少しだけひらいたものならば
一夜漬けなどがおいしいところですが

ここまで開いたら
えぐみがでてきますから

花を生けて楽しもうかなと
思っています。

それにしても
水分もあげていないのに
むっくり!と
起き上がって咲いているところが
すごいですね。

春の生命力。

旬のものを食すれば
栄養だけでなく
そんなパワーも
体の中にいただくことができます。

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2009年1月27日 (火)

もうすぐ立春

               1__dsc0009_2

                                                    写真 広田行正

季節のうつろいを
いつも身近に感じて
暮らしている人なら

寒さはまだまだ続く中でも
春のきざしが
日に日に増していることを
感じる時期になってまいりました。

土のやわらかさ
肌に感じる風のかたち
朝、外に出たときに感じる気配。

全ては変わりはじめています。

春が訪れる喜びと同時に

通りすぎてゆくものの
はかなさや
それに対する愛情を
あらためて想う日々。

季節だけでなく
それは
さまざまなところで
感じることができるでしょう。

早朝、窓を見るたびに
冬はひかりは真っ白なんだな、
と思う日々もいつのまにか過ぎ
あたたかい色がまじるようになってきました。

2月4日は立春。

あたらしい春を喜びたいと思います。

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