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2011年3月の投稿

2011年3月27日 (日)

ペンペン草

Photo

ぺんぺん草の花がうつくしい。

あしもとの花

そらの星

ゆれる草草

ちいさきものにこそ

気持ちは

救われる

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昔見慣れた

頑丈で分厚く固い鉄の扉

目の前に

再び現れる

もう一度扉をたたいて

そばに座り

日がな静かに

ただ待ち続ける力

今はすでに使い果たし

ぼう然とながめる

無駄になってしまうような

日々や思いは捧げて

いたらぬものは

すべてひきとり歩く

別の道をさがす力が

いつしか湧いてくるまで

羽があることを思い出す日まで

たぶん流れをみつけられない日々は続く

空気がうすいような気がして

あたりをみまわしてみれば

鶯の声がからだの中に響いて流れてゆく

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新しい道へ

いごこちのよい世界に

さよならをして

夢から覚めて窓をあける

たとえその世界が

一番でなくとも

ここから

もういちど

静かに歩く

満ち足りたひとときや

こころをなでる優しさ

みつけても

遠くからながめているだけ

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2011年3月22日 (火)

明と暗

はこべにあたる

光の

明と暗。

__

世界が一気にわかれていき

新しい世界がはじまったように思います。

もはや自分をごまかすことはできないーー

光にてらされ

隠れている場所がないような

いさぎよさがそこにはあふれているようにも思います。

ただ、そこには

喜びと共に哀しみもありーー。

目をそらさずにそれをしっかりとみる、という日々を

繰り返している気がします。

両方の世界の真ん中にいて

まるで違う二つの世界に

身をさらす日々。

あまりにも今までと違う世界の広がりに

まずは慣れることができず

疲れている人も多いのではないでしょうか・・

いつもの草花をみることのできない地も

あるのだと思いますがーー

なにげない風になぐさめられることも多いです。

たぶんそのさりげなさが

「春」という

季節のめぐみだと思います。

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2011年3月21日 (月)

ただそばに

ただそはにいる

それだけしかできない

それだけでせいいっぱい

それしかできなくてごめんなさい、

でも

どこにもいかず

揺らがず

倒れず

忘れることなく

そばにいます、

それだけは

約束したいと思います

今日は春分の日。

自然をたたえ

いのちを慈しむという日なのだそうです。

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つながり

なかなか文章がかけずにいます。

ことばや目にみえない部分の力を

ずっとこころの奥まで感じています。

いろいろなことが

あらゆる場所で

平等に

ぬけることなく

あからさまになってゆきます。

バランスをとりながらも

やはり

長く遠く大きく深い

つながりの見える場所で生きたい。

それを再確認できた数日でもありました。

そこが心地良いとか

苦しいとか

楽しいとか

楽しくないとか

嬉しいとか

嬉しくないとか

決まりごととか

常識とか

あまり関係なく

たぶんこの先は

今までと同じく

それ以上にーー

いったいどちらにいけば

深い場所で生きることができるのか

それを毎日問われている感じがしています。

ただ、風や波音、草木は変わらず

穏やかに強い。

芯となってさりげなく

私たちを支えてくれています。

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2011年3月14日 (月)

どんなことばも

今はうかびません。

ただこれ以上

苦しい人が苦しみませんように

祈るのみ。


私は当日

横浜周辺で強い揺れにあい

終わりなのかな、もしかしてーーと

よぎるほどの強さに翻弄されました。

いのちのはかなさ

ひとのあたたかみ

ひととして大切にすべきもの

わたしが大事にしているもの

すべてがあらためて

あからさまになった日でした。

よろこびとかなしみ―――。

ふたつはともにいきていました。

このつかれはいったいどこから湧いてくるのか
あまりにものできごとに
身体は無事でも
心が疲れている人はきっとたくさんいますね。

これから生きる人、

旅を終えた人

どうか全ての人の道が

なだらかでありますように。

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2011年3月 9日 (水)

SLOW

いろいろな暦を見るのがすき。

うんと古いのも新しいのもいろいろと見る。

お堅いものから

怪しげな見えない世界関係のものも20代のころからよく見ているけれど

国も時代も使うものも視点も違う物同士の情報の中ので

かさなりあう場所や事をみつけるのが好き。

世の中の流れはどうやら急速にまた早くなったようだから

自分のすべきことに集中できたら幸せだな、という思いも

強くなっています。

悩む間も惜しんでたんたんとこなしていくだけ。

そんな流れを愉しもうと走りながらも

こころにはゆっくりとした曲が

近頃いつも流れている。

You make me want to sing about love
Every time I raise my head
You make me want to tell the whole world
What I've found is good
Then they say

Slow

Slow this right down

Don't burn it out

Don't let it show

Slow

Oh but my heart is racing

To hold your gaze and

let it go

My love, my love my love
killin' time is easy when you're here

FRom dreams I've seen you before
You're so familiar
And everywhere I go

Hear me calling for
Cause if it's you
I will disarm you

And if it's you
Do you know how to calm me down
Oh let me sleep in your arms
Then I won't hear them singing
Slow
Slow this right down
Don't burn it out
Don't let it show
Slow

Oh but my heart is racing
to hold your gaze then
let it go
You make me want to sing about love
Even though you don't wanna know
You make me want to tell the whole world

But I know

You don't like it

You don't like it

You don't like it

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2011年3月 6日 (日)

愉しむ

こころの底から思うのは

どこでも

だれとでも

基本はともにいることを大切にしたい、ということ。

光はますます明るさをまして

家の中にいても白い光が

目に入りこんでまぶしいこの頃。

その光がどんな働きを

身体に心にうみだしてゆくのか

鶯のように素直に身をゆだねると

心に体に何がうまれてゆくものなのか

静かに堪能してみたいと思います。

さて、あらゆる場所において

あともう二手間ぐらいかけて歩けば

流れはもう少したぶんスムーズになるような気がしています。

時間が十分にあればいいのにと思ってしまいますが

その場でその時できることがベスト。

ただし、今はホントのベストでなければ

その数式はあてはまらないのかもしれません。

真剣に生きることを愉しめる人たちの世界へ。

概してストイックさを揶揄する時代が続きましたが

ストイックさを愉しめる人種がいることは事実。

人によって「愉しい」ことってほんとうにさまざま。

多様な時代、さてどんな世界になってゆくのでしょうか。

微々たる力しかないと自覚しつつも

できることをがんばりたいと思います。

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2011年3月 4日 (金)

めぐりあう

さまざまな出会いに思いをはせる。

嬉しい出会いも

そうでない出会いも

長い歴史の中にしたら―――

もしかするとそれほどの違いはないのかもしれない。

でもかぎられた命の人間には

ひとつの出会いが思いがけない

巡り合わせとなることがある。

思いがけずこころが動き

思いがけない夢を見る。

さて、

沈丁花の花はまだひらかないけれど

触るとつぼみがやわらかくなっていた。

かわいそうだな、と思いつつも

気持ちをおさえられなくて

つぼみをひとつつまんでみる。

もうじききっとさくはずなのに

よく知っているあの沈丁花の強烈な香りは

気配すらなかった。

いつ、香りはのぼりつめて頂点にたつのか―――

どうしてもその道のりをみつめ確かめたい。

ともに生きたいならそれ以外方法がない。

咲いたあとも枯れた日もそばにいて

次の生でもできれば同じ花にめぐりあいたい。

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さて新月

さて、明日は新月。

ものごとのはじまりには

ちょうどよく力をいただけるのではと思います。

「今日がはじまり」と考えながら

あらゆることに対して吟味しつつ

動いてゆけたらと思っていますが。。。。

だから今日は大忙し。

という人も多いかもしれませんね。

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2011年3月 1日 (火)

朝、ぺちゃくちゃと

鳥がおしゃべりをしていた。

ああ、あれはうぐいすの声かもしれないな、と

思った瞬間にうまい具合に

「ホーホケキョ」と鳴いてくれた。

はじめにむにゃむにゃと口の中で

つぶいやいてから、思い切りよく鳴く。

なんともいえない愛らしさ、鶯よ。

今日、初音をきいたよ、という人が

多かったらしい。

みんな同じ時期に鳴き

同じ時期に芽をだしてゆく草花の不思議さ。

そして必ず誰にでも訪れる

いのちの終わり。

早いさよならほど

寂しいものはない。

沈丁花が咲いたと知人の便りがあったけれど

まだうちのは咲かない。

早く咲いてほしいと

花にねだってみる。

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