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2010年7月の投稿

2010年7月25日 (日)

仕事

仕える事、と書いて「仕事」。

誰に何を仕えるのか

探してあるく旅はとうに終わりを告げている

さて、

それを

どうにかして

なんとかして

いろんな場所でかたちできたらいいな、と切に願う。

そう思っているわりには

なかなか

早く、深く、遠くに歩けない。

転んでばかりいるのを

くすりと笑う君に

ずっとそばにいてほしいけれど。

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今世

また一人

友が旅立った。

今は

どうしているだろう。

私はこの世をかみしめる

たとえ

つかむものが

かたちにならなくとも大丈夫なのに。

ともに

歩けるだけで充分なのに。

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2010年7月23日 (金)

遠くに

121_2 

遠くに

見えた

月と花火。

ひとつの

世界がひらくときには

ひとつの

別れ。

手放さなくてはいけないことは

よくわかっている。

うれしい気持ちと

哀しみは

よく似ている。

花火もよく似ている。

ミンミンゼミが鳴き出しました。

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2010年7月18日 (日)

その先

その先へ

ずーっと強く

歩いてゆけるのは

ほんのひとにぎり。

そして最後まで

そばに居続けてくれるのは

人ではないのだ

それは無理なのだと

あからさまになり

もうひとつのとびらがあらわれる

その時に

失望とともに旅を終えるか

さらに

大きくすべてをふくんで歩もうと決意できるか

できることなら

ずっーーと歩き続けたい

私はそう思っている。

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2010年7月17日 (土)

どんなときでも

どんなときでも

解き放たれた

こころと

眼差しとともに。

どうか道をはずれることが

ありませんように。

道をはずれたとしても

もどることができますように。

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かなかなかなと

書きものをしていたら

ひぐらしの声がする。

どうやらここ数年のこの時期は

同じ場所に座り

同じような思いで

仕事におわれている、

ということに気づく。

それにしても

かなかなかな、と耳にすれば

胸の奥から何かがせりあがってくるのは

なぜなのか。。。

今日はどこへいくこともできないから

気分転換にしようと

しばし、今、自分の身におきていることを

全身で感じとってみる。

胸の奥から湧き上がる何かはいつも感じていたけれど

もう少し繊細に感覚を観察してみる。

すると

のどの奥と目の奥にも何か感覚がわきあがり

胸の奥に生まれたものとが

なんとなく混じり合おうとしているように思えた。

感情そのものを客観的にとらえることは

人には難しい。

湧き上がる想いに反応反発せずに

しかも無視せずに、無関心ではなく

ただあるがままに感じみることが

それ以上汚れを生まないための技だとさとったブッダは

そうはいっても

想いをダイレクトに観察するのはむずかしい、

想いが湧いてきたときに起きている体の感覚を観察することが

同じ意味を持つとする考えを受け入れた。

反応反発せずに、渇望せずに嫌悪せずに

出来事を見つめ

ただたんたんと過ぎてゆくにまかせる。

しかも

無視ではなく無関心でもなく、当事者でありつづけながら。

それが汚れをこれ以上うみださない方法とは

私も思う。

でも

まだまだ全然身につかない。

ひぐらしの声が谷に響き渡っている。

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2010年7月15日 (木)

きりかえ

最近いろーんな人によく聞かれるのは

どうやってきりかえているのですか?

という質問。

うーーん、と考えてみたけれど

最近は「きりかえる」という発想自体が

なくなっていっている感じ。。。。

これをずーーっとうまくすすめていくと

あそこに近づくのかな・・・と

大胆なことを考えたりする今日この頃。

どうしても切り替えたいという欲望が

自然に湧き上がるときには

お風呂と海とシャワー。

全部、水。

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2010年7月13日 (火)

道のなりたち

どの道がどんなふうに

つながっているかなんてだれも知らない。

それがわからないのが

また愉しいところ。

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2010年7月 9日 (金)

からくり

ひとつ手前で生きるのか

向こう側へいくのか

そこから先は

自分にしか選べない

まっすぐつきすすむ人には

必ずやってくる

さけることのできないとびらのひとつ

ひとつ開くごとに

すぐにまたあらわれる

道行くものには

さけることのできないとびら

くりかえしやってくる

からくりのひとつ

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2010年7月 7日 (水)

雨の七夕に寄せて

ちいさなとき
すごく
こわかったのは

この世には

だれにもどうにも
できないことが
いくつもある、ということを
はっきりと知ってから。

それからはずっと
孤独だった。

だれも
答えてくれないし
知りたいのに
手伝ってくれないと
怒っていた。

あまり笑うことが
得意じゃなかったのは
たぶんそのせいだと思う。

もし、同じ気持ちだよと
いってくれる人がいたら
うれしかったのにと思う。

それから何十年たっても
同じことを考えている

そして今は
同じことを考えている人のそばに

ずーっといられたらいいのにな、と

考えている。

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大将軍八神社

今日は七夕。

会いたくても会えない

彦星と織姫の関係をあらわすような天気です。

からりと晴れあがらない空が

せつなさともどかしさを

あらわしているかのよう。

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七夕とは関係ありませんが

制作中の本の打ち合わせで

みせていただいたお守り。

京都の大将軍八神社の北斗七星12支お守りです。

お守りに並ぶ北斗七星がきれい。

星に意識を向けだすと

世界はぐんとひろがります。

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2010年7月 6日 (火)

明日は七夕

七夕かざりが

あちこちで

ゆらゆら風にゆれています。

明日の朝

里芋の葉に降りる露で

墨をすり、願い事を書けば

祈りが届くといわれています。

夜更けの露は

織姫に会いたい一心で

天の川を船でわたってゆく彦星の

船の梶の落としたしずく。



会いたい想いというものに
きりはない。

願い事は

どうか

すべてがそれぞれの

芯の道をみつけることができますように。

ただそれだけ。

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2010年7月 4日 (日)

手放す

手放すのを

少しづつひとつづつにすれば

そんなに悲しくないかもしれない

寄せる波に手をのばし

海水にからだをゆだね

とけてゆくときのように

すべてがほんとうは

ひとつだったことを知るまではあと少し。

だから

近頃はいつもすこし哀しい。

それに触れる時は

こころを閉じて

目を伏せて

ことばも閉じる―――。

いまだにそれしかできない。

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2010年7月 2日 (金)

すべて

すべてを
うけとろうとすれば

こころは揺らぎ

「祈り」にいきつく

悲しみも

苦しみも

さびしさも

よろこびも

愉しみも

祈りの中では

すべて同じ。

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はばたく

しずかに

どっしりと

はばたいてゆく。

その姿を

見とどけることができるのなら

もうこれ以上

望むことはない。

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