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2009年9月13日 (日)

眠り

朝4時台に起きた時と

5時台に起きた時と

6時台に起きた時と

7時台に起きた時。

あきらかに体の感覚が違います。

睡眠時間の長い短いに関係なく
それは一日の体の感覚にも影響する。

レム睡眠的なことなのか
アーユルベーダ的なことなのか
どれにもあてはまるような気がするけれど

どんな理由かはさておいて

眠りは不思議なことだと思う。

何かに書いた記憶があるけれど

「なぜ人間は眠らなくてはいけないの?」と子供のころ真剣に考えていた。

眠っている時間、いったい自分はどこにいっているのか
不思議というよりは、知りたくて知りたくてたまらない。

睡眠だけでなく
いのちの様々な不思議なことを

「おーい、だれか教えて!!」と心の底から聞きたかった。

まあ、それは今も同じだけれど
違うのは、なぜ、とかどうして、とか
だれが、とか研究することは横においてあるということ

興味が失せたわけでも、あきらめたわけでも、失望したわけでもなく
探していくうちにほんの少しだけ見つけた真実のようなものを
確かめたいのだ、ということに尽きている。

それはだれから教えてもらえるものではなく
自分なりの道を自分の足で自分の世界で
歩いてゆくことでしかできない

ざわざわとした中に一筋の道を見つけながら歩くのは
楽しい時もつらい時も
つい夢中になりすぎてしまうけれど、

「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」

私にとって真ん中はいつも難しい。

でも

見上げれば空。

ふりむけば友。

少しだけのジョーク。

これらに感謝する気持ちを忘れずに忘れたら思い出してもとにもどる,
それしかできない。

あ、というより

それが最高!と思っている。

こんなことをくりかえし生きていると
風や空や月や草の息吹を
ありありと感じるのはなぜでしょう。

浮かび上がってくるのはただ、一緒にいられてうれしい、という気持ち。

今日は秋のそよ風が頬にやさしい。

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